アニメや漫画のキャラクター名は、雰囲気や語感で付けられているように見えて、実は驚くほど計算されていることがある。
とくに『鋼の錬金術師』はその代表例だ。
ホムンクルスたちは七つの大罪をそのまま名前に持ち、それぞれが「感情そのもの」を擬人化した存在として描かれている。
その中でも、ひときわ歪で、ひときわ不快で、そして印象に残るのが──エンヴィーだ。
エンヴィーとは何だったのか
エンヴィーは、七つの大罪のひとつ「嫉妬(Envy)」を体現するホムンクルスである。
他人の姿に変身する能力。
人を見下し、煽り、弱点を突き、壊れる瞬間を楽しむ態度。
そして、人間を強烈に否定しながらも、どこかで執着している矛盾。
エンヴィーは「欲しい」とは言わない。
代わりにやるのは、他人が持っているものを壊すことだ。
それは富や力ではなく、
「家族」「仲間」「誇り」「自分が何者であるか」という、
自分には決して手に入らないものに向けられている。
envy と jealousy —— 英語では嫉妬は危険な感情
英語では「嫉妬」を表す言葉が複数ある。
- envy
他人が持っているものを羨む感情。欠乏感・劣等感が根底にある。 - jealousy
失うことへの恐れ。独占欲や不安と結びつきやすい。
重要なのは、英語圏ではこの2つが
どちらも「人を壊す感情」として扱われてきた点だ。
日本語では嫉妬は「感情のひとつ」で済まされがちだが、
英語圏ではもっと露骨に、病気や怪物に近いものとして語られてきた。
その象徴的な表現が──
the green-eyed monster(緑の目の怪物)である。
嫉妬は「緑の怪物」だという発想
英語には、
- green with envy(嫉妬で真っ緑になる)
- the green-eyed monster(嫉妬)
といった表現がある。
なぜ緑なのか。
それは、かつて緑が
- 病
- 毒
- 腐敗
- 不健康
と結びついた色だったからだ。
つまり英語圏では昔から、
嫉妬は理性ではなく、体と心を蝕む異物として扱われてきた。
この比喩を決定的な形で言語化したのが、ウィリアム・シェイクスピアである。
シェイクスピア『オセロー』の有名な一節
『オセロー』の中で、嫉妬はこう表現される。
It is the green-eyed monster which doth mock
The meat it feeds on.
ここでの doth は古英語で does、
mock は「嘲笑する」。
現代語にすれば、意味はこうだ。
嫉妬とは、自分が食い荒らしている相手を
嘲笑う緑の目の怪物である
この比喩が残酷なのは、
嫉妬が「相手を壊す感情」であると同時に、
壊しながら笑う感情として描かれている点だ。
嫉妬は正義でも怒りでもない。
ただ、歪んだ快楽を伴って人を壊す。
エンヴィーは “green-eyed monster” そのもの
ここでエンヴィーに戻る。
エンヴィーは、
- 人間を見下す
- 人間の絆を壊す
- 人間の絶望を楽しむ
- それでいて、人間になれない
他人の姿に変身できるのは、
「なりたい」からではなく、
「なれない」ことを誰よりも理解しているからだ。
終盤で明かされるエンヴィーの本質は、
巨大でも強大でもない。
小さく、醜く、弱く、満たされない存在だった。
これはまさに、嫉妬という感情の正体そのものだ。
自分が空っぽだからこそ、
他人の充実が許せない。
自分が持っていないからこそ、
他人の幸福を壊したくなる。
シェイクスピアが言った
「自分が食っている相手を嘲笑う怪物」
という表現は、
エンヴィーというキャラクターに驚くほど重なる。
作者は意識していたのか?
荒川弘が
「green-eyed monster を元にしました」
と明言しているわけではない。
しかし、
- 七つの大罪を英語名で構成
- 西洋的な倫理観・宗教観を随所に使用
- Envy=嫉妬=緑、は英語圏では常識レベル
この条件を考えると、
無関係だと考える方が不自然だろう。
少なくとも、
エンヴィーというキャラは
英語圏に古くからある
「嫉妬=怪物」という概念と、完全に同じ地平に立っている。
なぜ今もエンヴィーは刺さるのか
SNS、仕事、家庭、評価社会。
現代は他人の人生が嫌でも目に入る。
嫉妬は誰の中にも生まれる。
だが、それを認めるのは難しい。
だからこそエンヴィーは不快で、
目を背けたくなる存在だ。
彼は「自分の中にもいる感情」を突きつけてくる。
鋼の錬金術師が優れているのは、
それを単なる悪役にせず、
感情そのものとして描いた点にある。
まとめ:アニメは、教養への入口になる
エンヴィーはただの敵キャラではない。
英語圏に古くからある
「嫉妬は人を食い荒らす怪物だ」という発想を、
日本の読者にわかる形で具現化した存在だ。
アニメをきっかけに、
言葉や文学、文化の背景を知る。
それができるのも、エンタメの大きな価値だろう。
次に『鋼の錬金術師』を思い出すとき、
エンヴィーはもう
「ただ嫌なやつ」には見えないかもしれない。
──それは、誰の中にもいる
緑の目の怪物なのだから。

