『物語の舞台を歩く 古今著聞集』

Date:2017年05月19日13時01分 | Category: | Writer:六百田麗子
『物語の舞台を歩く 古今著聞集』

ケータイのなかった説話の時代


先日心ひかれる新聞の記事を読んだ。「新米農家里山ライフ」というコラムに「ケータイしない解放感」と題した、露地野菜農家として東京から宮崎県の綾町に移住した川上健さんの文章が載っていた。サラリーマン時代は、お金とケータイは必需品で肌身離さず持っていたが、農家をやり始めて土と汗にまみれて働く身には、お金もケータイも必要ないものとケータイしなくなり、「この解放感がたまらない」と書いてあった。今畑に行く時は軽トラのカギとタオル、ポケットはすべて空っぽ。この記事を読んで、現代からはるか昔の中世、人はどんな情報リテラシーをもっていたのだろうと興味がわき、今月は『物語の舞台を歩く古今著聞集』を取り上げた。
『古今著聞集』は、一二五四年成立、二十巻三十篇からなる説話集で、全部で七二六話を収めている。作者は橘成李。『徒然草』を書いた吉田兼好はこの三十年後に生まれている。この説話集には天皇を始め、鎌倉時代の武士や高僧、庶民、それに天狗や鬼まで登場し、生活感あふれるドラマが繰り広げられる。彼らの情報源は大小さまざまの噂話。情報は今と変わりなく、生き抜くための重要な手段だが、ケータイもスマホもない時代、人はわずかな噂話も聞きもらすまいと耳をそばだてて暮らしていた。その活力にみちた人間の営みに、いとほしさを強く感じた説話集だった。


●『物語の舞台を歩く 古今著聞集』
本郷恵子著
山川出版社
1,944円

六百田麗子
昭和20年生まれ。
予備校で論文の講師をする傍ら本の情報誌「心のガーデニング」の編集人として活躍中。
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