東京通信13 いのちのスープの哲学

Date:2017年02月15日17時24分 | Category:東京通信 | Writer:小川祥平


いのちのスープの哲学

 先日、料理研究家の辰巳芳子さんにお会いする機会があった。辰巳さんといえば「いのちのスープ」とも称されるスープの伝道活動をしている。聞けば、そのはじまりは病床の父芳雄さんの介護だった。料理研究家の母浜子さんとともに日々スープを届けて看病した。芳雄さんの命をつないだスープの大切さから、父亡き後、地元クリニックにスープを持ち込むボランティアを行った。約20年前からは神奈川県鎌倉市の自宅でスープ教室を開いている。

 そのご自宅を訪問すると、通されたテーブルの上に新聞記事のコピーが置かれてあった。記事には、戦後、進駐軍用のサンドイッチを作って糊口をしのいでいた浜子さんの言葉があった。爐いい世蹐Α△海Δい仕事がくるとパンの耳が残る瓠宗私が読み終えたのを見計らって、辰巳さんはこう言った。「私たちはパンの耳をしっかりと食べていかないといけませんよ」

 パンの耳とは何なのか?辰巳さんは「見る人の態度で発見できる。心がけで見えるべきものが見えますよ」と説明する。それを見つけるためなのか、教室には北海道から九州まで全国から生徒が通う。3年間のコースに希望者はあふれ、多くが10年も待つという人気ぶり。募集を止めざるをえない現状の中で昨年、「多くの人が触れられるように」とDVDを出した。

 2013年に4回に分けて鎌倉の教会で開いた特別スープ教室の模様が収録されている。生徒は親の介護が必要になった世代や病院関係者が中心。出汁からシイタケスープ、野菜コンソメなど四季それぞれの食材の使った和洋スープの作る手順、要点を収める。「煮干しでも徹底的に良いところを引き出す。材料の力をここまで引き出そうとするところに気付いてほしい。DVDはパンの耳の使い方について非常によく解説していますよ」と辰巳さん。

 私もDVDで初めてスープ教室に触れた。レシピを学べる一面はあるがそれだけではないとも感じた。所々で辰巳さんの金言が飛び、哲学的ですらあるからだ。

 辰巳さんは教室の理念を語る。「野菜のいのちと人間のいのちがあるけど、人間のいのちが優位であると考えるのは思い込み。野菜を求め、くり返し応えることで美味が生まれる。そしていつの日か、ものと人の関わりを身につけた人になれる。お料理の目的ってそれです。自分自身が仕上がっていくところを待つ。ただ介護、病院のためだけではありません。みなさんが生きていきやすくするために教えているのです」

 教室を始めたのは70歳を過ぎてから。現在は92歳となった辰巳さんは最後にこう投げかけた。「この国もパンの耳を持っているはず。それは何でしょうか。90歳を過ぎた私が分かるのだから、あなたも分かるでしょ」。悩んだが、答えは出なかった。そして教えてもくれなかった。
「読者の皆さんにも考えてもらってください」。


「皆さんスープの必要性を感じていらっしゃる。私は手厳しいから、本当にやりたくないと続かない」と語る辰巳芳子さん

文・写真 小川祥平
1977年生まれ。西日本新聞東京支社で文化担当記者として勤務。日本酒とラーメンを愛する。