世は万華鏡29・「今日は退院の日だ」と思う

世は万華鏡29・「今日は退院の日だ」と思う


「今日は退院の日だ」と思う

58歳のとき(いま65歳)、大病を患った。頸椎後縦靭帯骨化症といい、国指定の難病だ。脊柱の中を縦に走っている靭帯が骨化して神経が圧迫され、それが原因で筋力が低下、やがて歩行障害を引き起こす。

私の異変は足先の異様な冷たさから始まり、やがてしびれへと進んでいった。提案された治療法の中から外科施術を選択して12月初めに入院・手術、正月明けに無事退院した。

退院の朝、外は激しい粉雪。しかし、心には秋空のような清々しさが広がっていた。苦しかった検査と手術、リハビリに耐え、ようやく今日、家に戻れる…、その喜びに満たされていた。
以来7年、悔しいが左手と右足に不愉快なしびれが残っている。首がコリやすく、可動域が極めて狭い。正直、再発の不安はある。

しかし、前を向く以外にない。そんな思いで2年掛けて休息なしでのクロール千メートルを達成し、最近はあちこちのロードレースに参加している。11月15日(日)には若杉山(篠栗町)の森林マラソンに挑む。

普段の練習コースは、自宅から福大病院構内を抜け、西南杜の湖畔公園を往復する5キロメートル。福大病院では天気の良い日には散歩する患者の方を大勢お見掛けする。
西南杜の湖畔公園には深い森と大きな池があり、いまの季節が最も気に入っている。ところが、この池で最近、ショッキングな事件が起きた。近所に住む中年の姉と妹が水死体で見つかったのだ。警察は病気が原因の入水自殺と断定したという。

この世は楽しいことばかりではない。晴れの日もあれば吹雪の日もある。それでも生きていることはやっぱり素晴らしいと、この歳になるとしみじみ思う。

健康の有り難さは病気になってはじめて分かる。元気に歩き、走り回れる大切さを実感する。そして、入院経験のある人ならだれしも退院の日の、あの晴れ晴れとした気持ちを忘れることはないだろう。

もし、辛いことや生きることに疲れたときは、「今日は退院の日だ」と呟いてみよう。ベッドに拘束されていた世界から自由な世界へと再び羽ばたく日。それが退院の日である。間違いなく元気を取り戻せる。

深まる秋、私は今日も一人、西南杜の湖畔公園を走っている。すれ違っていたかもしれないあの姉妹に「今日は退院の日と思いましょう」と言葉を掛ける機会があったなら…と、思い返しながら。

(ジャーナリスト。元西日本新聞記者)



馬場周一郎=文
幸尾螢水=イラスト

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