ハットをかざして 第160話・蘇る勤労

ハットをかざして 第160話・蘇る勤労


ハットをかざして 第160話

 入社の前年、富士ゼロックスが「モーレツからビューティフルへ」(1970年)のキャンペーンを始めた。

 戦後の焼け跡から25年、日本人はわき目もふらず、ベビーブームの子供たちを食わせ、学問を与え、うさぎ小屋から徐々に文化住宅や新興団地へと移り始めた。夜討ち朝駆けモーレツ主義の時代である。大正生まれの父母たちはよく頑張った。戦後19年でオリンピックをやり遂げ、この頃、日本はすでにGNP世界第二位という経済大国になっていた。

 富士ゼロックスのコピーは、その日本人たちの頑張りに、ちょいとここらで一休みしませんか、もっと美しく生きてみませんか、をメッセージしたものだった。日本航空はJALパックで海外旅行を推奨し、国鉄は「ディスカバー ジャパン」で国内旅行を提唱し始めていた。

 すぐにモービル石油が、鈴木ヒロミツを使って「♪気楽に行こうぜ 俺たちは のんびり行こうぜ 俺たちは」のCMを開始、極めつけは、全国交通安全運動の標語「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」が津々浦々の警察署に張りめぐらされた。交通標語だが、時代の空気をメタファーしていた。

 同時期に日本の会社は「週休二日制」に移行し、土曜日は半ドンではなく全くの休日となった。伊勢丹デパートが「こんにちは土曜日くん」のコピーで時代をアピールした。

 とはいっても、全くモーレツが無くなったわけではない。モーレツ精神は我が日本人のDNAの中枢に盤踞している。どの企業も金曜日までの仕事時間となり、逆に広告会社は金曜日の夕刻にクライアントに呼び出され、月曜日の朝までになんとかプレゼンしてくれとの要求が増えた。よって我々若輩独身の土日出勤は増え、残業代が嵩んでいくことになった。月に60時間ならラクラク、身体に何ほどのこともないが、毎月100時間を超えて来ると、もう仕事はいいといった鬱な気分に見舞われた。100を超えると、1回の給料で2ヵ月分もの額があったが、お金は要らない、眠りたい、休みたい、の欲求の方が強かった。当時23歳で手取り9万円位あったのではないか。今に換算すると45万円くらいになる。

 田舎の母に3万円ほど仕送りをし、あとのお金で流行のファッションや靴を贖い、高級レストランで食事をするようになった。それをしなければ、精神が破綻していただろう。会社から徒歩8分くらい、神田駿河台明治大学の横に「山の上ホテル」があった。田舎者の私にとって、ここのビーフ・シチューはあまりにも美味しく、病みつきとなり、毎給料日は必ずここで夕食を摂った。このシチューで松田優作ではないが、蘇る金狼(勤労)となっていた。


中洲次郎=文
text:Jiro Nakasu
昭和23年、大分県中津市生まれ。
博報堂OB。書評&映画評家、コラムニスト、エッセイスト。
RKB毎日放送「今日感テレビ」コメンテーター。
近著「伊藤野枝と代準介」(矢野寛治・弦書房)
新刊『反戦映画からの声』(矢野寛治・弦書房) ◎「西日本新聞 TNC文化サークル」にて
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やましたやすよし=イラスト
Illustration:Yasuyoshi Yamashita

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